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札幌地方裁判所 昭和52年(ワ)942号 判決 1985年9月26日

原告 国

代理人 畑瀬信行 金田茂 森本榮繁 ほか七名

被告 石村昌 ほか二八四六名

主文

一  被告ら(別紙被告目録一の番号二七及び五八並びに同目録一〇一の番号三記載の各被告を除く。以下この項につき同じ。)は、原告に対し、別紙過払給与返納額一覧表一ないし二一〇の各被告に対応する「計」欄記載の金員、「計」欄の記載のない被告らについては「三月分給与からの返納額」欄記載の金員並びにこれらに対する別紙遅延損害金起算日目録A欄記載の各被告に対応してB欄記載の年月日からいずれも支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告の別紙被告目録一の番号二七及び五八並びに同目録一〇一の番号三記載の各被告に対する請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は、原告と別紙被告目録一の番号二七及び五八並びに同目録一〇一の番号三記載の各被告を除くその余の被告らとの間においては、原告に生じた費用の三〇〇分の二九九を右被告らの負担とし、その余は各自の負担とし、原告と右三名の被告らとの間においては、全部原告の負担とする。

四  この判決は第一項に限り仮に執行することができる。

事実

(凡例) 以下においては、別紙過払給与返納額一覧表を「一覧表」という。また、別紙被告目録一ないし二一〇(但し、目録三三及び三四は欠番)に記載の被告らを特定する際には「被告一―一」のように表示する場合があり、これは別紙被告目録一の番号一記載の被告のことを示すものである。なお、一覧表の番号と別紙被告目録の番号は対応している。例えば被告一―一は、一覧表一の番号一に対応する。

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは、原告に対し、別紙一覧表一ないし二一〇の各被告に対応する「計」欄記載の金員、「計」欄の記載のない被告らについては「三月分給与からの返納額」欄記載の金員並びにこれらに対する別紙遅延損害金起算日目録A欄記載の各被告に対応するB欄記載の年月日からいずれも支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  1について仮執行の宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求の原因

1  被告らは、昭和四八年三月二九日及び三〇日当時北海道開発局の職員として、別紙被告目録一ないし二一〇の各冒頭に記載された勤務場所に勤務する国家公務員であつた。

2  被告らは、一覧表一ないし二一〇の各被告に対応する「勤務しなかつた期間」欄中の「勤務しなかつた日」欄記載の日(いずれも昭和四八年三月二九日若しくは三〇日又はその両日である。)に「勤務しなかつた期間」欄記載の期間(いずれも午前中である。)それぞれ勤務を欠いた(以下本項記載の勤務を欠いた期間を「本件勤務を欠いた期間」という。)。

3  ところで原告は、昭和四八年三月一六日被告らに対し、同月一日から同月三一日までの給与を全額支払つたが、被告らの本件勤務を欠いた期間に対応する給与額は、それぞれ一覧表一ないし二一〇の各被告に対応する「三月分給与からの返納額」欄記載のとおりである。

4  また、原告は、昭和四八年六月一五日被告らに対し、昭和四七年一二月一日から昭和四八年五月三一日までの期間の勤勉手当を支給したが、被告らのうち一覧表一ないし二一〇の「六月期勤勉手当からの返納額」欄に金額が記載されている被告らに対しては、事務手続上の理由から同被告らの本件勤務を欠いた期間を勤務したものとして計算のうえ勤勉手当を支給した。同被告らが、本件勤務を欠いた期間を勤務しなかつたものとして勤勉手当を算出すれば、同被告らに対して支給されるべき昭和四七年一二月一日から昭和四八年五月三一日までの期間の勤勉手当は、同被告らに支給された金額から一覧表一ないし二一〇の同被告らに対応する「六月期勤勉手当からの返納額」欄記載の金額を控除した金額となる。

5  ところで、被告らは、以下に述べるとおり一斉休暇闘争に参加し、その結果本件勤務を欠いた期間にそれぞれ勤務を欠いたものであるから、3の「三月分給与からの返納額」欄記載の金員及び4の「六月期勤勉手当からの返納額」欄記載の金員はいずれも法律上の原因なくして支払われたものである。

(一) 一斉休暇闘争と賃金請求権について

労働者がその所属の事業場において、その業務の正常な運営の阻害を目的として、参加者全員が一斉に休暇届を提出して職場を放棄離脱するいわゆる一斉休暇闘争は、労働者が形式的には私的な目的のために年次有給休暇の申請をしながら、実質的には所属労働組合の指導の下に争議目的貫徹を目標に行うものであつて、その実質は年次有給休暇に名を籍りた同盟罷業にほかならない。したがつて、年次有給休暇の申請がなされた場合であつても、それが一斉休暇闘争の目的でなされたときは、その形式如何にかかわらず本来の年次有給休暇権の行使ではないのであるから、これに対する使用者の時季変更権の行使もありえず、一斉休暇の名の下に同盟罷業に入つた労働者の全部について賃金請求権が発生しないものと解すべきである(最高裁昭和四八年三月二日判決・民集二七巻二号二一〇頁参照)。そして「全員が一斉に」とは、当該事業場所属の労働者の全員が一斉に職場を放棄離脱するということではなく、休暇闘争参加者の全員が一斉に職場を放棄離脱することを意味するものというべく、したがつて一定割合の組合員が休暇届を提出する場合(何割闘争といわれている。)も、一斉にそれが提出される限り、一斉休暇闘争に該当するものといわねばならない。以上の理は被告らのように労働基準法(以下「労基法」という。)の適用が排除され人事院規則一五―六に年次休暇の根拠を置く一般職非現業国家公務員が一斉休暇闘争を行つた場合であつてもそのまま妥当するものというべきである。

(二) 本件一斉休暇闘争の経緯

(1) 全北海道開発局労働組合(以下「全開発」という。)は、労働条件の維持改善と社会的、経済的地位の向上を図ることを目的として、北海道開発局に勤務する職員及び国家公務員法(以下「国公法」という。)第一〇八条の三第四項に規定された者で中央執行委員会が組合員として認めた者をもつて組織され、本部並びにその下部組織としての支部及び分会から構成されている。本部には、議決機関として大会及び中央委員会が、業務執行機関として中央執行委員会がそれぞれ設置され、支部は、本局及び各部所に置かれ、その議決機関として大会及び支部委員会が、業務執行機関として支部執行委員会がそれぞれ設置され、分会は、原則として各職場ごとに置かれ、その議決機関として大会が、業務執行機関として分会執行委員会がそれぞれ設置されている。

(2) 昭和四八年二月二三日及び二四日の二日間にわたり開催された全開発の第四七回中央委員会において、昭和四八年のいわゆる春闘に向けての当面の方針について討議がなされ、その結果、春闘に先立ち全開発独自の有利な条件を形成するため、先ず同年三月に、各開発建設部の出先機関の統合により新たに設置されることになつていた事務所(「統合事務所」と呼称されていた。)の発足阻止等を主要な目標に半日五割休暇を最高に反覆する、いわゆる割休闘争を行うこと、なおその具体的な進め方については支部代表者会議に付託すること、また同年四月下旬には賃金引き上げ要求と統合事務所発足阻止を合わせてストライキをもつて闘うこと等が決定された。そして、同年三月一三日に開催された支部代表者会議において、右中央委員会の決定に基づき、統合事務所発足阻止闘争の具体的な戦術が討議され、同年三月二九日及び三〇日の各午前半日全職場にわたつて在庁職員の半数ずつが一斉に年次休暇を申請して自宅等に待機し勤務につかないという形態の五割一斉休暇闘争を行うこと(以下「本件一斉休暇闘争」という。)、右両日の休暇闘争に参加しないで登庁する者も午前九時から一〇時までの一時間、本来なすべき業務を行わないで関係法令、通達等の研修を行う形式での業務研修闘争を行うことが決定され、これに伴い、同年三月一四日闘争指令が発せられた。右支部代表者会議の決定は、直ちに各支部、分会を通じて機関紙の配布、役員による説得等の方法により、各組合員に周知徹底され、闘争の盛り上げが図られた。

(3) 北海道開発局は、前記支部代表者会議において本件一斉休暇闘争の実行が決定されたことを知り、このような違法行為を実行せぬよう組合幹部を説得するとともに、同年三月二八日には職員に休暇闘争を自重するよう求めた北海道開発局長名の要望文を各開発建設部及び出先機関に掲示したうえ、同局長が全開発中央執行委員長に対し、また各開発建設部長が各支部執行委員長に対し、それぞれ休暇闘争・業務研修闘争を中止するよう警告し、更に、各職員の所属機関の長は、各組合員に対し、休暇闘争参加のための年次休暇の申請は理由の如何を問わず承認できない旨の注意をした。

(4) しかしながら、全開発の前記闘争方針に従つて、管理職員を除き同年三月二九日及び三〇日の各日に勤務すべき職員約九〇〇〇名のうち、それぞれ約三七〇〇名(約四一パーセント)が年次休暇の申請をし、右両日には全職場にわたり在庁職員の約四五パーセントにあたる四〇五六名の組合員が年次休暇の申請を不承認とされたにもかかわらず欠勤したほか、登庁した組合員も午前九時から一〇時までの一時間の業務研修闘争を行つた。かくして本件一斉休暇闘争によつて北海道開発局の業務の正常な運営は阻害されたのである。

(三) 被告らの本件一斉休暇闘争への参加

(1) 被告らは、いずれも昭和四八年三月二九日及び三〇日当時全開発の組合員であつた。

(2) 被告らは、全開発の本件一斉休暇闘争に関する指令、指導に従い、本件勤務を欠いた期間についてそれぞれの所属長に対し年次休暇の申請をして(以下「本件年次休暇の申請」という。但し、被告らのうち被告一―五四、三一―三、五八―二一、一六六―一七、一八四―一及び一二並びに一八七―三の七名は年次休暇の申請もしていない。)勤務を欠いたものである。

(四) 以上によれば、本件一斉休暇闘争は、全開発が昭和四八年の春闘においてその要求を有利に進めるための戦術として、北海道開発局の本局及びその出先機関の全職場において一定割合の組合員をして組織的、画一的に年次休暇を申請させたうえ一方的に勤務関係から離脱させることによつて、業務の正常な運営を妨げることを目的として実行したもので、その実質は同盟罷業にほかならないものであるところ、被告らは、こうした全開発の指令に従つて形式上本件年次休暇の申請をし、但し、前記七名の被告らは申請もせず、勤務を欠いたものであるから、右申請をしなかつた被告らはもとより、右申請をした被告らについてもその申請は本来の年次休暇の申請ではなく、したがつて非現業の国家公務員の年次休暇の成立に所属長の承認を要するか否か、所属長の承認が覊束裁量か否か及び被告らが所属長の承認を得たか否かを問題にするまでもなく、被告らに本件勤務を欠いた期間に対応する賃金請求権及び勤勉手当支給請求権が発生する余地はないというべきである。

よつて、被告らの本件勤務を欠いた期間に対応する給与額は勿論、右勤務を欠いた期間を勤務したものとして計算し支給した勤勉手当のうち右期間を勤務しなかつたものとして計算した金額を超える金員については、いずれも法律上の原因なくして支給されたものというべきである。

6  原告は、被告らに対し、昭和四八年七月二〇日付納入告知書をもつて同年八月八日までに一覧表一ないし二一〇の「計」欄記載の金員を、同表に「計」欄の記載がない被告らについては「三月分給与からの返納額」欄記載の金員を返納するよう催告し、右告知書は、別紙遅延損害金起算日目録の各A欄に記載された被告らに対しては各B欄記載の年月日の前日までに被告らに到達した。

7  よつて、原告は、被告らに対し、不当利得返還請求権に基づき一覧表一ないし二一〇の被告らに対応する「計」欄記載の各金員、同表に「計」欄の記載がない被告らについては「三月分給与からの返納額」欄記載の各金員並びにこれらに対する別紙遅延損害金起算日目録の各A欄記載の被告らに対応して各B欄記載の年月日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求の原因に対する認否及び主張

(認否)

1 請求の原因1ないし4の事実は全て認める。

2(一) 同5のうち冒頭の主張及び(一)の主張は争う。

(二) 同5(二)のうち(1)の事実は認め、(2)ないし(4)の事実は知らない。

(三) 同5(三)のうち(1)の事実は認める。(2)のうち被告らが全開発の本件一斉休暇闘争に関する指令、指導に従つたとの事実並びに被告一―五四、三一―三、五八―二一、一六六―一七、一八四の一及び二並びに一八七―三の七名が年次休暇の申請もしなかつたとの事実は否認し、その余の事実は認める。

(四) 同5(四)の主張は争う。

3 同6の事実は認める。

4 同7の主張は争う。

(主張)

1 適法な年次有給休暇の申請

(一) 原告は、被告らのなした本件年次休暇の申請は一斉休暇闘争に基づく同盟罷業にほかならないから、本来の年次休暇の申請とはいえず、したがつて被告らには本件勤務を欠いた期間に対応する賃金請求権は発生する余地がないと主張し、最高裁昭和四八年三月二日判決民集二七巻二号二一〇頁を援用する。しかしながら、年次有給休暇の制度が、労働者の人間としての自由と解放のための時間あるいは人間性を生かすための時間としての積極的意義が賦与され、権利性を承認されてきたことに鑑みれば、年次有給休暇は、それを申請する労働者の自由に委ねてこそ意味があるのであつて、国家がその利用目的に枠付けを与えてしまつてはその本来的意義は全く失われてしまうのである。この意味において年次有給休暇自由利用の原則は、年次有給休暇に内在する本質的要請というべきものである。前記最高裁判決も、「休暇をどのように利用するかは、使用者の干渉を許さない労働者の自由である」と述べて年次有給休暇自由利用の原則を宣明している。その当然の帰結として、時季変更権の行使、不行使を決定するにあたつて年次有給休暇の利用目的を斟酌することは許されないことになる。したがつて、年次有給休暇の利用目的如何によつて年次有給休暇の成否を論ずる原告の主張は、年次有給休暇自由利用の原則の意義をわきまえない理論と言わざるを得ず失当である。

(二) なるほど前記最高裁判決は、一斉休暇闘争の場合には、年次有給休暇に名を籍りた同盟罷業にほかならず本来の年次休暇権の行使ではない旨を述べているが、同判決の年次有給休暇の利用目的に関する(一)記載の判旨と照らし合わせて整合的に解釈すれば、判決の言う一斉休暇闘争の場合に賃金請求権が発生しない理由は、その目的が同盟罷業にあるからではなく、同一事業場における労働者が意思を通じて全員一斉に同一時季を指定した場合には、使用者の時季変更権の行使が著しく困難になるから、このように使用者の時季変更権の行使を著しく困難にさせる形での年次有給休暇の申請は許されないということにあると解すべきである。このように理解するのでなければ年次有給休暇自由利用の原則を宣明する判旨は、結論において争議目的という年次有給休暇の利用目的によつて年次有給休暇の成否を決するという矛盾を惹起せざるをえないのである。そして右の理は、後に主張するとおり被告らのような一般職非現業の国家公務員にもそのまま妥当するものというべきである。

(三) 被告らは、いずれも本件勤務を欠いた期間より前に、それぞれの所属長に対し、本件勤務を欠いた期間について本件年次休暇の申請をしているのであつて(このことは七名の被告を除き、原告も認めているところである。)、その結果、昭和四八年三月二九日及び三〇日の各午前及び午後の勤務時間にそれぞれの事業所において約半数の労働者による個々的な年次有給休暇の申請が競合したようであるが、労基法第三九条第三項但書にいう「事業の正常な運営を妨げる」事態は現出しておらず、したがつて時季変更権の不行使が不可能ないし著しく困難な状況にあつたとは到底いえないし、原告の時季変更権の不行使を正当化する特段の事情があつたともいえない。

よつて、被告ら全員につき適法な年次有給休暇の申請がなされたものである。

(四) ことに被告一―二七(吉田守春)、被告一―五八(山内義雄)、被告四四―二九(田畑隆喜)及び被告一〇一―三(鈴木義信)については、以下に述べるとおり私的理由に基づき適法な年次休暇の申請をしたものであり、同業罷業に参加したものではない。

(1) 被告吉田守春について

同被告は、昭和四八年三月二六日通常の年次休暇申請の方式に従い、札幌開発建設部庶務課の運転指令室の事務担当者に対し、同年三月三〇日全一日を、姪の依頼により、札幌厚生病院に入院中の実兄吉田隆義の病状を担当医師から聴くために年次休暇の申請をし、当日右目的にそつて休暇を利用した。

(2) 被告山内義雄について

同被告は、昭和四八年三月二六日通常の年次休暇申請の方式に従い、札幌開発建設部庶務課の運転指令室の事務担当者に対し、同年三月三〇日全一日を、歌志内市で行われる義弟高橋宏司の結納の儀に親代りとして出席するため年次休暇の申請をし、当日右目的にそつて休暇を利用した。

(3) 被告田畑隆喜について

同被告は、昭和四八年三月二八日函館開発建設部江差港修築事業所にて、休暇等処理簿が同所副長高沢勇によつて引き上げられてしまつたため、工手詰所にて使用されている年次有給休暇届に必要事項を記入し、高沢副長に対し、同年三月二九日午前半日を医師の指示に基づき低血圧と老衰の症状を有する実父(八一歳)を道立江差病院へ付添うため年次休暇の申請をし、当日右目的にそつて休暇を利用した。

(4) 被告鈴木義信について

同被告は、昭和四八年三月二八日通常の年次休暇申請の方式に従い、留萌開発建設部留萌港建設事務所守衛長花田豊治に対し、同年三月二九日午前半日息子を夜尿症の治療のため滝川市の神戸病院へ連れて行くべく年次休暇の申請をし、当日右目的にそつて休暇を利用した。

2 年次有給休暇の成立

右のとおり被告らは適法な年次有給休暇の申請をしたが、以下に述べるとおり一般職非現業の国家公務員に対しても労基法第三九条が適用又は準用されるものと解すべきであり、仮にそうでないとしても同条の規定の趣旨に則して運用されるべきである。そうすると年次有給休暇の申請があつた場合、同条第三項但書所定の事由が存在し、かつこれを理由として使用者が時季変更権を行使しない限り、右申請によつて当然に年次有給休暇が成立することになる。しかるに原告は被告らの申請に対し適法な時季変更権の行使をしなかつたのであるから、被告らには右申請によつて当然に本件勤務を欠いた期間について年次有給休暇が成立した。

(一) 一般職非現業国家公務員の年次有給休暇についての規定

(1) 日本国憲法施行前の官吏その他政府職員の休暇については、大正一一年閣令第六号(但し大正一三年六月閣令第四号による改正後のもの。以下「閣令第六号」という。)「官庁執務時間並休暇ニ関スル件」の第五項において、「本属長官ハ所属職員ニ対シ七月二十一日ヨリ八月三十一日迄ノ間ニ於テ事務ノ繁閑ヲ計リ二十日以内ノ休暇ヲ与フルコトヲ得但シ事務ノ都合ニ依リ当該期間内ニ於テ休暇ヲ与フルコトヲ得サル場合ニ於テハ他ノ期間ニ於テ之ヲ与フルコトヲ妨ケス」と規定されていた。

(2) 閣令第六号は、「日本国憲法施行の際現に効力を有する命令の規定の効力等に関する法律」(昭和二二年法律第七二号)第一条によつて新憲法施行後も昭和二二年一二月三一日までは法律と同一の効力を有するものとされた。

(3) 昭和二三年一月一日からは、「国家公務員法の規定が適用せられるまでの官吏の任免等に関する法律」(昭和二二年法律第一二一号、以下「官吏任免法」という。)第一条により、「<1>官吏その他政府職員の任免……(中略)……服務に関する事項については、その官職について国家公務員法の規定が適用せられるまでの間、従前の例による。但し法律又は人事院規則を以つて別段の定をなしたるときはその定による。<2>前項但書の規定による定は、国家公務員法の精神に沿うものでなければならない。」とされた。

(4) その後昭和二三年七月一日国公法(昭和二二年法律第一二〇号)が施行されたが、休暇については同法及び同法に基づく人事院規則に何らの定めもなされなかつた。

(5) ところが、昭和二三年一二月三日法律第二二二号国公法第一次改正法律が施行され、国公法附則第一六条において労基法並びにこれに基づいて発せられる命令は、一般職国家公務員には、これを適用しないと規定されるとともに、第一次改正法律附則第三条において一般職国家公務員については、「別に法律が制定実施されるまでの間、国家公務員法の精神にてい触せず、かつ、同法に基づく法律又は人事院規則で定められた事項に矛盾しない範囲内において」のみ労基法が準用されることとなり、その場合必要な事項は人事院規則で定めることとされた(なお、労基法は、昭和二二年四月七日法律第四九号として制定され、同法第三九条は昭和二二年九月一日から施行されていた。)

(6) そして、昭和二四年一二月一九日国公法に基づき、職員の休暇に関する人事院規則一五―六が制定され有給休暇は、「法令の規定に基づき、職員がその所属する機関の長の承認を経て正規の勤務時間中に俸給の支給を受けて勤務しない期間」とされ、「休暇は、あらかじめ機関の長の承認を経なければ与えられない」ものとされた。

(7) その後、同規則は昭和四三年一二月七日改正され、「休暇は、官庁執務時間並びに休暇に関する件(大正一一年閣令第六号)の規定による休暇(以下「年次休暇」という。)その他従前の例により有給休暇とされていた休暇とする。」とされたうえ「休暇は、あらかじめ職員の所属する機関の長の承認を経なければ与えられない」とされ、現在に至つている。

(二) 年次有給休暇の憲法上の地位

(1) 憲法第二五条第一項は、「すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。」と規定されているが、右規定は、自由主義的国家を支える資本主義経済の発展が、経済的弱者としての労働者階級を出現させ、精神的、肉体的に苛酷な労働が労働者の生存をも脅かすに至つた事態に鑑み、深刻な反省の下に、国家が、生存そのものを権利として尊重することによつて、すべての労働者に人間に値する生存を保障しようとする趣旨で規定されたものである。したがつて、生存にとつて最も基本的なものというべき労働に関する諸条件が、憲法第二五条第一項を指導原理として規定されるべきは当然のことである。

憲法第二七条第二項は、同第二五条第一項を受けて、「賃金、就業時間、休息その他の勤労条件に関する基準は、法律でこれを定める。」と規定されているが、これは、従来諸外国に比べて著しく劣悪であつた我が国の労働条件を近代化し、勤労労働者の生存権を確保しようとする趣旨に出たものにほかならない。したがつて、憲法第二七条第二項の文言自体は勤労条件の法定を宣明するのみであるが、それは、憲法第二五条第一項と相俟つて、その当然の前提として、労働者のために健康で文化的な生活水準を保つための最低限度の賃金、就業時間、休息等を憲法上保障しようとするものである。この意味において、憲法第二五条第一項は、個別的な権利としての生存権の根拠規定であるとともに、同条第二項以下第二八条までの具体的生存権規定を統括し指導する生存権的基本権を宣明したものというべきである。

(2) 休息は、労働の主体である人間が自らの労働力を再生産していくために必要不可欠なものである。今日、労働に付随する休息の形態としては、休憩、休日、休暇の三区分がなされているが、その起源をさかのぼると、先ず一日の作業時間を一時中断して肉体的な疲労から回復させるための休憩時間が制度化され、次いで、労働を一週間、あるいは二週間という周期で切断して、その間に日を単位とした非労働日を挿む休日の制度ができ、それがやがて休日以外の種々の休暇の制度に拡がり、最後に、一定期間のまとまつた休暇を与え、かつ、これを有給として保障する年次有給休暇という制度に進んでいつた系譜を認めることができる。しかし、休憩、休日の制度と休暇の制度との間には、その性格において根本的な相違が認められる。休憩は、労働に伴うエネルギー調整のための必然的結果として生じていた労働の中断がそのまま制度化されたものであり、休日も宗教的慣習として「神々の祭日」「安息日」といつた形で、事実上労働に対する休息にあてられていた非労働日が制度化されたものであるのに対し、休暇、とりわけ有給休暇の制度は、産業革命後の労働の質的変化に伴う人間疎外の状況を背景に、労働者の「人間」としての自由と解放のための時間あるいは人間性を生かすための時間として積極的意義を賦与され、制度化されてきたものなのであり、換言すれば、前二者が労働力の維持培養の観点から尖鋭な労使間の対立を惹起することなく、権利としての自覚的な認識のないまま制度化されてきたのに対し、有給休暇の制度は、労働からの解放を求める労働者の強い要求によつて労働協約の形で勝ちとられた権利なのである。

産業革命後、労働の機械化が飛躍的に進展したため、労働者は、純粋な肉体的労働からは解放されてきたが、反面、労働に内包されていた人間性は喪失されるに至り、いわゆる人間不在の労働状況が現出されるようになつた。労働からの解放は、労働運動の重要な目標の一つに据えられ、それは労働時間の短縮並びに有給休暇の制度化という形で具体的要求となつて闘いの俎上に乗せられ、その結果、第二次大戦後に至つて年次有給休暇は法的制度として一般に普及していつたのである。

ちなみに、ILO(国際労働機関)の年次有給休暇についての基本的な考え方をみると、既に一九三六年の「年次有給休暇に関する条約」(五二号)において、年次有給休暇を最低初年六日受ける権利を労働者が有することが規定されており、さらに一九五二年の一〇一号条約、一九五四年の九八号条約を経て、一九七〇年の一三二号条約では、改めて、年次有給休暇の権利性を明確にするとともに、その内容も労働者に休息と憩いを与えるため、大きく前進している。このように、ILOにおいては一九三〇年代より年次有給休暇は労働者の権利として考えられてきており、現代においては使用者が恩恵的に附与するという考えは国際的にも全く容認されないところである。

(3) 日本においても、労働に対する休息、とりわけ有給休暇の必要性は、国民的コンセンサスとなつており、労働からの解放、人間性の回復という目的をもつた休息制度は、法的保護の対象として、休息権という概念の下に一種の権利性を賦与されるに至つている。憲法第二五条第一項、第二七条第二項は、以上のような休息の発展過程をふまえたうえで制定されたものであり、したがつてその休息なる概念の中には、休息、休日、休暇等全ての労働過程からの解放のための制度を包摂しており、それらを一括して憲法上の権利として保障しているものと解すべきである。そして、労基法は、同法第一条の規定から明らかなとおり、右憲法の規定を受けて、労働者の生存権を確保するための最低基準を具体化した基本法であり憲法第二五条第一項及び第二七条第二項の実質的内容をなすものと解される。

(三) 国公法附則第一六条、同法第一次改正法律附則第三条の違憲性

(1) 労基法第一条の規定から明らかなとおり、一般職非現業国家公務員も労働者(同法第九条、第八条)である以上、労基法の定立した労働条件以下で労働させることは許されるべきではない。

そして、国家公務員の勤務条件の一部分についてでも労基法の最低基準を下廻るものがあれば、国は労基法第一条第二項に従い、直ちにこれを是正すべきものであり、他の勤務条件の優位性をもつて右違法状態を放置しておくことは許されない。

(2) 国公法附則第一六条の制定経過と労基法の適用

労基法が制定された昭和二二年四月七日には、公共企業体等労働関係法(昭和二三年法律第二五七号)、地方公務員法(昭和二五年法律第二六一号)、地方公営企業労働関係法(昭和二七年法律第二八九号)、国家公務員法(昭和二二年法律第一二〇号)も存在していなかつた。国公法が制定されたのは昭和二二年一〇月二一日であり、同法は、昭和二三年一二月に法律第二二二号により全面的に改正され、国公法附則第一六条(労基法不適用)が追加され、同時に第一次改正法律附則第三条によつて労基法の準用規定が設けられたのである。右の経過から明らかなとおり、労基法が制定・施行された時点では、労基法適用の例外を認める官公労働法は全く存在していなかつたのであり、労基法は、一般民間労働者と同様に国家公務員にも全面的に適用されることになつていたのである。このことは、労基法立法過程において、労働者側の要望により政府案に現行労基法第八条第一六号の「前各号に該当しない官公署」が加えられ、非現業公務員にも同法の適用がある旨明定されることになつた経過からも明らかである。したがつて我が国の法制度上、昭和二二年に制定された労基法は、正しく憲法第二五条第一項、第二七条第二項に由来する労働条件の最低基準を権利化したものとして、官公労働者、民間労働者を問わず適用されたものであり、この法制度は、昭和二三年一二月三日の国公法改正による同法附則第一六条の制定まで続いたのである。

(3) 立法裁量の限界

そこで次に、国公法附則第一六条による労基法の国家公務員に対する適用排除が立法裁量の名の下に許されるのか否かを検討する。労基法は、憲法第二五条第一項、第二七条第二項に基づき、労働者のための最低限度の勤労条件の具体的内容を最低基準という形で表現したものであるから、右憲法理念を権利化した現象形態と言うべきであり、労基法に基づいて発生する具体的権利は、単に法律上の権利たるにとどまらず、同時に憲法の保障する権利内容になると言うべきである。そして、労基法に基づく具体的権利は、最低限度を画したものにすぎず、同法第一条第二項が明らかにしているとおり、向上増進義務を内包しているものであるから、より充実すべきことが予定されているのであつて、その逆ではない(労働条件に関する権利の生成発展的性格)。したがつて、いつたん昭和二二年制定の労基法によつて、国家公務員に対し労基法上の諸権利(その中には、本件で問題になつている年次有給休暇も含まれている。)が賦与された以上は、原則として、その権利の制限は許されず、新立法による体系化を立法府が意図する場合であつても、いつたん、具体的権利として形成、確立された基準を少なくとも従前の程度には維持しなければならず、従前の基準(しかも最低の基準である。)を下廻る立法がなされた場合には、右立法は、当該労働条件の不利益変更を合理的ならしめる理由がない限り、憲法第二五条第一項、第二七条第二項に違反し無効となるものと解すべきである。国家公務員が労基法適用について、一般民間労働者と差別扱いをされることにつき合理的理由があるか否かを考えるに、原告は、争議権や労働協約締結権などの労働基本権を否定する論理として国家公務員の地位の特殊性(国民全体の奉仕者であること)、勤務関係の特殊性(命令服従を原則とする公法上の勤務関係であること)及び職務の公共性を挙げるが、右論理は、労基法不適用を根拠づける理由にはならない。というのは、労基法が、労働者が人間らしい生活を営むための最低限度の労働条件の基準を定めたものである以上、国家公務員も人間であり労働者であるから、それ以下の条件で可とすべしという論理は出てこないからである。よつて、右理由によつては、国公法附則第一六条による労基法適用の全面排除を合理化することはできず、他に合理的理由を見出すこともできないから、国公法附則第一六条、同法第一次改正法律附則第三条は、憲法第二五条第一項、第二七条第二項に違反し無効なものといわざるを得ない。

(四) 人事院規則一五―六の違憲性

現行の人事院規則一五―六の規定を見るに、休暇について閣令第六号を引用しており、依然として戦前の賜暇休暇の制度を引継いでおり、著しく時代錯誤であること、昭和四三年の同規則の改正により、「法令の規定に基づき」との文言を削除したため労基法第三九条の適用の余地がなくなつていること、休暇は所属の機関の長の「承認」を得るものとされており、承認の基準が全く示されていないため全面的な自由裁量権を与えていると解しうること及び「与えられない」との文言により、休暇は労働者が当然有している権利であることを否定したうえ、全く休暇を与えないことも可能な定めとなつていることの四点において、休暇の権利性が極めて稀薄か、あるいは全くない。そうすると、右人事院規則は、憲法第二五条第一項、第二七条第二項の趣旨を受けて最低の労働条件を定めた労基法第三九条の限度を下廻るのみならず、その趣旨を否定するものであつて、ひいては右憲法の規定に違反し無効である。

また、人事院規則一五―六は憲法第一四条第一項にも違反する。すなわち、前記のとおり一般職非現業国家公務員と民間労働者との間には、年次有給休暇についての法制度上著しい差異があるところ、同じ公務員あるいは公共企業体職員と比較しても、特別職国家公務員は、国公法附則第一六条の適用がないので全面的に労基法が適用されること、一般職国家公務員でも公共企業体等労働関係調整法(以下「公労法」という。)の適用を受ける国営事業に従事する五現業職員は、公労法第四〇条で国公法附則第一六条及び第一次改正法律附則第三条の適用が排除され、労基法の適用があること、国鉄、専売、電信電話の三公社職員は、公労法上労基法の排除規定もなく、労基法が全面的に適用されること及び一般職地方公務員にも、原則として労基法は適用され、とりわけ労基法第三九条は、どの職種の地方公務員にも適用があることにおいて大きな差異がある。一般職非現業国家公務員のみが規定上は労基法の適用を受けていないのであつて、人事院規則一五―六に従う限り一般職非現業国家公務員は、年次休暇をとりたくとも場合によつては全くとれないという意味において社会的に差別されるのみならず、所属の機関の長の承認がないまま欠勤すれば賃金をカツトされるという経済的な差別を受けることにもなるのである。一般職非現業国家公務員の職務の公共性をいかに強調しようとも、民間労働者、特別職国家公務員、一般職現業公務員、三公社職員及び地方公務員などの他の労働者と対比して、一般職非現業国家公務員のみが、年次有給休暇に関し本質的に異なる制度を適用され、右の如き社会的及び経済的に著しい差別を受けていることに合理的理由を見出すことはできない。したがつて、このような恣意的な差別を容認した同規則一五―六は、憲法第一四条第一項で禁止した社会的身分による経済的及び社会的関係における差別にあたるので、法の下の平等に反し、違憲無効であると言うべきである。なお、右の各違憲論の趣旨は、現行人事院規則一五―六と本質的に異なるところのない昭和四三年一二月七日の改正前の人事院規則一五―六、及び閣令第六号についても妥当し、同様に無効であるといわねばならない。

(五) 以上の次第で、一般職非現業国家公務員に対する労基法の適用を排除した国公法附則第一六条及び同法第一次改正法律附則第三条は違憲であるから被告らには労基法が適用されることになる。仮に国公法附則第一六条及び同法第一次改正法律附則第三条が違憲でないとしても、前記(四)のとおり人事院規則一五―六は違憲であり、他に一般職非現業国家公務員の年次休暇について定めた法規はなく、労基法第三九条が国公法の精神に抵触するとは到底考えられないから、右附則第三条の規定に従い被告らには労基法第三九条が準用される。

(六) 仮に、国公法附則第一六条、同法第一次改正法律附則第三条及び人事院規則一五―六がいずれも違憲無効ではないとしても、以上に述べた年次有給休暇の憲法上の意義に鑑みれば、これらの規定は憲法の趣旨に合致するよう合理的に解釈されるべきであり、その場合一般職非現業国家公務員以外の労働者の年次有給休暇について最終的根拠法令となつている労基法第三九条に即して限定的に解釈されるべきである。そうすると人事院規則一五―六第五項は、時季指定をしようとする場合のとるべき手続についてその時期を「あらかじめ」と定め、かつ指定する者を「職員の所属する機関の長」とする旨を明示したにとどまり、所属長の「承認」は年次休暇成立の効力要件ではなく、専ら事後の事務処理上の便宜のために所属長において時季指定の届出及び時季変更権の不行使の事実を確認しておくことを訓示的に規定したものと解すべきである。これまでも被告らを含む一般職非現業国家公務員の年次休暇の行使の実際は、労基法第三九条に則つた形で運用されており、このことは右の解釈が正当であることを示すものである。

3 所属長の承認

(一) 仮に、年次有給休暇の成立には所属長の承認を必要とするとの原告の見解に立脚しても、以下に記載する被告らは、本件年次休暇の申請後、本件勤務を欠いた期間の以前に各勤務先の所属長から本件勤務を欠いた期間について年次休暇の承認を受けた。

被告番号

承認を与えた所属長

一〇―一

札幌開発建設部沼田農業開発事務所長

一一―一

〃石狩川内水排除事務所長

一四―一ないし四一、四三ないし四九

〃深川出張所副長

一七―一

〃札幌地域農業開発事業所長

二〇―一ないし四、六、七、九ないし一三

小樽開発建設部契約課課長補佐

二一―二ないし五

〃用地課課長補佐

二五―一三

〃調査課課長

四八―一

函館開発建設部厚沢部川農業開発事業所副長

六三―三

室蘭開発建設部日高出張所副長

六九―一

〃鵡川改修事業所長

七〇―一ないし一五、一七ないし三八

旭川開発建設部庶務課課長補佐

七一―三、一七

旭川開発建設部経理課課長

七二―一ないし四、七

〃契約課課長

七四―一ないし一九

〃管理課課長補佐

八〇―一、一〇、一二、一八、二二、二八

〃美深出張所副長

九五―一五

留萌開発建設部天塩出張所副長

一〇〇―一四

〃天塩川幌延治水事業所長

一〇一―一六

留萌開発建設部留萌港建設事務所長

一四九―一

帯広開発建設部十勝ダム調査事務所副長

一六七―三

釧路開発建設部弟子屈出張所副長

一八八―二ないし九、一一ないし一八、二〇、二一ないし二三、二四

石狩川開発建設部庶務課課長

一九〇―一、三、四、六ないし九

〃契約課課長補佐(但し三については課長)

一九一―一、三ないし一〇

〃用地課課長

一九四―一

〃工務第三課課長

一九六―四、五

〃江別事業所長

二〇四―二ないし七、九、一一、一二

石狩川開発建設部桂沢ダム管理所長

(二) また、人事院規則一五―六所定の「承認」は完全な意味での所属長の自由裁量を認めたものと理解するべきではなく、労基法第三九条の趣旨に則り、年次有給休暇権の法理と休息権という憲法上の基本権の尊重事務とによつて覊束された裁量行為と解すべきである。しかるに、被告らの所属する機関の長は、事務の繁閑ないしは事務への支障を個別具体的に検討することなく、漫然と、一律に本件年次休暇の申請を不承認としたものであるから、被告らにおいて、仮に所属長の承認を形式的に得ていなかつたとしても、それは所属長において、右覊束裁量の範囲を逸脱した結果と言わざるを得ず、不承認にしたこと自体が違法と言わなければならない。してみれば、所属長の承認がなくとも、年次休暇は成立したものと解すべきである。

三  被告らの主張に対する原告の反論

1  被告らは、適法な年次有給休暇の申請をしたと主張するが、本件一斉休暇闘争は、全開発が各機関に諮つたうえ、組合員に対する指導・統制を周知徹底して実行したもので、被告らは、組合員として、当該申請日が一斉休暇闘争の予定日であることを認識し、かつ組合の方針に従つて一斉休暇闘争に参加することを認容したうえで休暇申請を行つたものであるから、適法な休暇申請ではあり得ない。このことは、被告らが特に主張する四名の場合についても、以下に述べるとおり同様である。

(一) 被告吉田守春について

同被告は、昭和四八年三月二六日に同月三〇日全一日につき「私事の都合」という理由で休暇の申請をしたものであるところ、同被告の所属していた全開発札幌開発建設部車庫分会においては、組合員のほぼ一〇〇パーセントが同月二九日及び三〇日の二日間にわたり半数ずつ休暇の申請を出しており、これらの者は、全開発の指導に従い休暇申請の理由について同被告のそれと同様に「私事の都合」とのみ抽象的に記載し具体的な理由を記載しなかつた。更に同被告は、休暇の申請が不承認とされた後も休暇申請の理由を具体的に説明せず何らの異議も述べなかつたものであつて、以上の事情を総合すれば、同被告は、休暇の申請時には本件一斉休暇闘争の計画があることを知悉し、全開発の指令にしたがつて同月三〇日の休暇を申請したものというべきである。よつて、被告のこの点についての主張は失当である。

(二) 被告山内義雄について

同被告は、昭和四八年三月二六日に同月三〇日全一日につき「私事の都合」という理由で休暇を申請したものであるが、同被告は、事前に本件一斉休暇闘争が予定されていることを全開発の機関誌等で知り、本件一斉休暇闘争と関係なく特別に休暇を必要とする者は休暇等処理簿に具体的な理由を記載しそれ以外の者は「私事の都合」等の抽象的理由を記載するようにとの全開発の指導に従つて申請の理由を記載した。更に、同被告は、当時の上司であり同被告の休暇申請理由を調査した村元邁課長補佐の事情聴取に対しても具体的な理由を説明しなかつた外、村元課長補佐が同被告の休暇申請を不承認とする旨申渡した後も何らの異議申立もしなかつたのである。以上によれば、同被告は、本件一斉休暇闘争に参加する意思があつたと認めるのが相当であつて、被告のこの点についての主張は失当である。

(三) 被告田畑隆喜について

同被告は、昭和四八年三月二八日に同月二九日午前中につき「父(病院)付添のため」という理由で休暇を申請したものであるが、同被告は、本件一斉休暇闘争の当時全開発江差港分会書記長として組合意思を形成してきたものであつて、分会において本件一斉休暇闘争についての話合いを行つた外、北海道開発局においては休暇申請が休暇等処理簿によつてなされているのにかかわらず全開発で作成した年次有給休暇届なる様式の書類を利用し、かつ、同年三月二八日の午後に自己のものを含めて分会組合員の休暇申請を一括取りまとめて申請したものである。このような事情によれば、同被告が本件一斉休暇闘争に全開発役員として積極的に参加する意思であつたことは明白である。よつて、この点についての被告の主張は失当である。

(四) 被告鈴木義信について

同被告は、昭和四八年三月二八日に同月二九日午前中につき「滝川市の病院行、子供をつれて」という理由で休暇を申請したものであるが、同被告が当時勤務していた留萌港建設事務所では組合員が同月二八日の午後から翌二九日にかけて休暇の申請を行い、申請にあたつては分会役員が監視する中で組合員一〇名位ずつが共同で休暇申請を行つたのであつて、同被告も他の組合員と同様に共同で休暇を申請した。そして同事務所では右のような共同申請とは別に個々的な申請もなされ、これらの申請は承認されていたこと及び同被告は休暇を不承認とする旨伝達されたのに何らの異議を述べなかつたこと等をも考慮すれば、同被告が本件一斉休暇闘争に参加する意図があつたことは明白である。よつて、この点についての被告の主張は失当である。

2  被告らは、憲法論を展開して一般職非現業の国家公務員に対しても労基法第三九条が適用又は準用されるとし、被告らの申請に基づいて当然に年次有給休暇が成立したと主張している。しかしながら、右の主張は適法な年次有給休暇の申請がなされたことを前提とするものであるところ、原告が本訴において求めているのは、被告らが一斉休暇闘争に参加する目的で形式上年次有給休暇の申請をして(七名の被告については申請もせず)、右闘争に参加し、よつて勤務を欠いたにもかかわらず、支給してしまつた賃金等の返還なのであつて、仮に被告らの休暇申請が適法な年次有給休暇権の行使と認められる場合にまで、一斉休暇闘争に関与した訳でもない者に対し人事院規則一五―六所定の所属機関の長の承認が欠けていることをもつて、その者らにつき労働義務が存続していたと主張するものではない。したがつて、被告らの憲法論については特に反論の必要を見ないのであるが、現に適用されている法令に関し、被告らの主張に対応した原告の見解を述べれば以下のとおりである。

(一) 年次有給休暇の憲法上の地位(被告の主張2(二))について

被告らの主張は、要するに、憲法第二五条第一項、第二七条第二項を根拠に、被告らには休息権という憲法上の権利が保障されている、というにある。

しかしながら、憲法第二五条第一項の規定は、すべての国民が健康で文化的な最低限度の生活を営み得るように国政を運営すべきことを国の責務として宣言したにとどまり、直接個々の国民に対して具体的権利を賦与したものではなく、具体的権利としては、憲法の規定の趣旨を実現するために制定される法律によつて、はじめて与えられるものである。そして、何が健康で文化的な最低限度の生活であるかの認定判断は、立法府の裁量に任されている。憲法第二七条第二項の規定も、勤労条件を法律で定めることを宣言したものであつて、直接個々の勤労者に対して具体的権利を賦与したものではない。そして、勤労条件をどのように法定するかについては、勤労条件がその時代、時代の国民の生活程度、社会、経済的条件等諸般の不確定要素に左右されるところから、同条項はその内容を具体的に規定せず、立法府の裁量に任せているものである。このことは、条文の規定が第二五条第一項の「健康で文化的な最低限度の生活」という表現より更に抽象的、無条件に「賃金、就業時間、休息」と規定するのみであることからみても明確である。

したがつて、休息権の内容が具体的に憲法上保障されている旨の被告らの主張は、全く独自の見解であり、失当である。

(二) 国公法附則第一六条、同法第一次改正法律附則第三条の違憲性(被告の主張2(三))について

被告らは、憲法が労働者のために最低限度の勤労条件を憲法上の権利として保障しており、その実質的内容を最低の基準という形で労基法に具現化したのであるから、労基法は、労働条件に関する基本法として、公務員を含むすべての労働者に適用されるべき性質のものであり、労基法の適用を排除した国公法附則第一六条及び同法第一次改正法律附則第三条は、憲法第二五条第一項、第二七条第二項に違反して無効である旨主張する。

しかしながら、憲法第二五条第一項、第二七条第二項が被告らに最低限度の勤労条件を要求する具体的権利を保障したものでないことは、前記のとおりであるから、具体的権利の存在を前提とする被告らの主張は失当である。

また、憲法第二七条第二項は、勤労条件を労働者と使用者の自由な契約に任せると、事実上、労働者にとつて不利なものになるという現象を防ぐため、国家がそこに介入し、法律によつて最低の基準が定められねばならないとする趣旨と解せられるが、一方、憲法第七三条第四号は、内閣が「法律の定める基準に従ひ、官吏に関する事務を掌理すること。」を定めているところであるから、憲法自体、国家公務員の勤労条件については法律で定めることを予定し、自由な契約によることを予想していないと解される。したがつて、憲法第二七条第二項は、国家公務員の勤労条件について直接、絶対的に適用されなければならないと解することはできないし、また、憲法第二七条第二項は公務員を含めた全ての労働者に労基法という一つの法律を適用することを要求しているものではなく、国家公務員には、その特殊性から国公法という別個の法律でもつて、その勤労条件を定めることを否定するものでないことは当然である。国家公務員の地位の特殊性、勤務関係の特殊性及び職務の公共性を考慮したうえ、国公法、同法附則第一六条、第一次改正法律附則第三条及び人事院規則が、労基法の適用を排除して、私企業労働者の勤労条件と異なつた定めをすることは、その規定の内容が立法府の裁量の範囲を、あるいは法律によつて委任された行政府の裁量の範囲を逸脱しないかぎり、何ら違憲、違法の問題を生ずるものではない。したがつて、国公法附則第一六条及び同法第一次改正法律附則第三条が、労基法の適用を排除したことのみをもつて、直ちに憲法第二五条第一項、第二七条第二項に違反する旨の被告らの主張は失当である。

国家公務員の勤労条件は、つぎのとおり、私企業の労働者のそれとは異なるものであるから、立法政策上、私企業の労働者とは別異な取扱いが可能であるし、また別異に取扱うのが妥当である。

(1) 国家公務員は、国民の信託に基づいて国政を担当する政府により任命されるものであるが、憲法第一五条が示すとおり、実質的には、その使用者は国民全体であり、国家公務員の労務提供義務は国民全体に負うものであるから、私企業の労働者と異なり、国家公務員の地位は特殊性を有し、その職務内容は公共性を有する。国家公務員の職務は公共性が強いところから、その遂行に支障を生ずれば国民の共同生活に影響するところが大きい。したがつて、国家公務員の勤務関係について私企業労働者の勤務関係と異なる特別の規制をする必要がある。公務員の勤労条件の決定は、利潤追求が原則として自由とされ、労働者の利潤の分配要求の自由も当然是認され、使用者と労働者の対等原則が支配する一般私企業の勤労条件の決定とは全く異なり、その給与の財源は国の財源とも関連して主として税収によつて賄われ、その勤務条件はすべて政治的、財政的、社会的その他諸般の合理的な配慮により適正に決定されなければならず、しかも、その決定は民主国家のルールに従い、立法府において論議のうえなされるべき性質のものである。

(国家公務員に関し、私企業の労働者と異なる取扱いを認めた例として、国公法(昭和四〇年法律第六九号による改正前のもの。)第九八条第五号が国家公務員の争議行為を禁止したことの合憲性について、最高裁昭和四八年四月二五日大法廷判決・刑集二七巻四号五四七頁、国公法第一〇二条第一項が国家公務員の政治的行為を禁止したことの合憲性について、最高裁昭和四九年一一月六日大法廷判決・刑集二八巻九号三九三頁。)

(2) また、公務員の勤務関係は、行政の統一性の要請から、私企業におけるように労使対等、労使の合意を原則とするものではなく、命令服従を原則とする。すなわち、その勤務関係の法律的性質は、私法上の労働契約関係ではなく、公法上の勤務関係といわれている。このことは、国公法の職員の任用に関する規定(同法第五五条以下)や同法第九八条第一項の「職員は、その職務を遂行するについて、法令に従い、且つ、上司の職務上の命令に忠実に従わなければならない。」という規定に端的に表現されているところである。その反面、法定の勤務条件を享受し、かつ法律等による身分保障を受けていることも前記昭和四八年四月二五日最高裁大法廷判決の判示するところである。このように、労使対等、契約自由を原則とする私企業の勤務関係と異なり、法令に従い、命令服従を原則とする国家公務員の勤務関係については、労働基準法とは異なる国公法によりその勤務条件を規定すべきことは当然である(現業国家公務員についてはその企業性により非現業国家公務員と一部異なる規制がなされている)。

3  人事院規則一五―六の違憲性(被告の主張2(四))について

被告らは、人事院規則一五―六が最低の労働条件を定めた労基法第三九条の限度を下廻るのみならず、その趣旨を否定するものであるから、憲法第二五条第一項、第二七条第二項に違反すると主張するが、前記のとおり憲法第二七条第二項は、憲法第七三条第四号の定めを併せ考慮すれば、国家公務員について、一般私企業の労働者と異なる体系の法律でその勤務条件を定めることを否定するものと解することはできないし、国家公務員については労基法と別個の法体系でもつて勤務条件を定めているのであるから、その勤務条件の一つを取り出して、それが労基法の当該規定を下廻るという議論をすることは無意味である。労基法の定める勤務条件と国公法の定める勤務条件を比較する場合には、それぞれの全体を総合的に見て論ずべき筋合のものである。それぞれの勤務関係の特殊性、相異から、ある勤務条件は一方が有利で、他の勤務条件は他方が有利ということはあり得て当然である。そして、年次有給休暇について、使用者の承認を必要とするとしても労働者の保護に著しく欠けるものとはいえないし、年次有給休暇の権利性を肯定しなければ労働者の生存権が危殆に頻するというものでもない。

被告らは、一般職非現業国家公務員のみが、民間労働者、特別職国家公務員、一般職現業公務員、三公社職員及び地方公務員と異なり、労基法第三九条第三項の適用を受けず、人事院規則一五―六の適用を受けるのは、憲法第一四条第一項にいう社会的身分による経済的及び社会的関係における差別に当るから、右人事院規則は無効である旨主張する。

ところで、憲法第一四条は法の下の平等を定めているが、経済的・社会的その他種々の事実上の差異から各人の間に不均等が生ずることは免れ難いところであり、その不均等が一般社会観念上、合理的な根拠に基づき必要と認められるものである場合には、これをもつて憲法第一四条の法の下の平等の原則に反するとすべきではないと解されているところ、一般職非現業国家公務員の休暇について、被告ら指摘の勤労者と差異があるのは、右職員の地位の特殊性、勤務関係の特殊性、およびその職務の公共性を考慮した、立法政策上の差異に基づくものであつて、一般職非現業国家公務員について所属長の承認を要するとした立法上の差異は、立法府の裁量の範囲内にあると認められるから、被告らの主張は理由がない。また、前述したように、労基法と国公法は別異の体系の法律であつて、平等原則違反を論ずる場合には、それぞれの勤務条件全体を総合して比較考量すべきであつて、勤務条件の一つである年次有給休暇だけを取り出して議論することは無意味である。さらに、地方公務員法と国公法をとり上げてみても、別異の法律であつて、その勤務関係の法的性質が類似しているとはいえ、地方公務員については地方自治体の独自性や国家公務員における人事院のように整備された強力な人事機関が存在しないこと、国民全体からみた場合の国家公務員の職務の遂行の支障が国民の共同生活に及ぼす影響の重大性等を考慮すれば、国家公務員と地方公務員の勤務条件の法定の仕方に多少の差異があつたとしても、それは立法裁量の範囲内といえるし、その差異もそれぞれの勤務条件全体として総合的に比較考量した場合には一概にどちらの勤務条件が有利あるいは不利ともいえないものである。

以上の次第で、人事院規則一五―六が憲法に違反する旨の主張は失当である。

また、被告らは人事院規則一五―六の限定的合憲解釈を主張する(被告の主張2(六))が、同規則の規定が憲法第二五条第一項、第二七条第二項及び第一四条に違反しないことは既に主張したとおりであるから、同規則の明文の規定に反した限定解釈をする合理的な理由もその必要性もない。昭和四三年の改正前の人事院規則一五―六第二項は、「有給休暇とは、法令の規定に基づき、職員がその所属する機関の長の承認を経て正規の勤務時間中に俸給の支給を受けて勤務しない期間をいう。」と定めていたため、右「法令の規定」の中に労基法第三九条の規定に含むか否かの議論があつたが、改正後の人事院規のもとにおいては、一般職国家公務員の年次有給休暇の法的根拠は、閣令第六号であることが明確化されているのであるから、国公法第一次改正法律附則第三条により、労基法第三九条の準用の余地はない。

4  被告らは、所属長の承認を主張するが、所属長の承認は、違法な年次有給休暇の申請があつてはじめて問題となるのであるのに、被告らの申請は一斉休暇闘争に参加する目的でなされたものであるから、承認の有無は問題になりえないし、被告らの所属機関の長が承認を与えた事実もない。

また、被告らは、人事院規則一五―六に基づく承認は覊束裁量であると主張するが(被告の主張3(二))、人事院規則一五―六第一項、閣令第六号第五項は、事務の繁閑を計つて休暇を与えることができる旨を定めるのみで、人事院規則一五―六第五項は所属長の休暇承認について特段の限定を付していないのであるから、休暇を与えるかどうかの判断は所属長の自由な裁量に任されていると解すべきであり、仮に、所属長の休暇の承認が覊束裁量と解されるにしても、本件休暇申請は、請求の原因で述べたとおり五割一斉休暇闘争に基づくものであるから、これを承認しなかつた所属長の処分は適法である。

四  被告らの抗弁

原告は、昭和四七年一二月一日から昭和四八年五月三一日までの期間の勤勉手当の支給を受けた各被告らが本件勤務を欠いた期間にそれぞれ勤務を欠いた事実を知悉しながらこれを勤務したものとして、同被告らに対し右勤勉手当を計算支給したものであつて、右は給与等の支給義務者である原告において債務が存在しないことを知りながらなお任意に勤勉手当の支給をなしたものというべきであるから、原告が右勤勉手当の支給を受けた被告らに対し、一覧表中の「六月期勤勉手当からの返納額」欄記載の各金員の返還を求めることは非債弁済であつて許されない(民法第七〇五条)。

五  抗弁に対する認否

抗弁事実は全て否認し、非債弁済の主張は争う。

勤勉手当の支給額の確定は終局的には勤務時間の確定によらなければならないところ、本件一斉休暇闘争が行われた昭和四八年三月二九日及び三〇日の両日に休暇の申請をした者は約七四〇〇名にも及び、この中から本件一斉休暇闘争に参加した者を特定するためには、各開発建設部長等からの報告によらねばならなかつた。しかしながら、この作業は、右のとおり休暇の申請者が数千名に上つたこと及び本件一斉休暇闘争が行われた約一か月後の昭和四八年四月二七日には全開発が午前半日のストライキを行つたため原告の担当者らがその対策に忙殺されたこと等から長期間を要し、結局原告は、同年六月中までかかつて本件一斉休暇闘争参加者を特定し得たのである。しかして、この間の被告らに対する給与及び勤勉手当の支給については、その勤務時間が未だ確定し得ず、しかも給与等の支給の一部留保ということも許されないことから、原告としては支給せざるを得なかつたものであつて、支給すべきものでないことを知りながら支給したものでは決してないのである。給与、勤勉手当の支給に関する権利、義務は当然原告と被告らの間の個別的法律関係であり、具体的な支給、不支給の権利、義務の存在及びその認識は各人に即して個別的になされざるを得ないのであるから義務者たる原告の行つた前記措置は、その置かれた状況下において慎重・適正を期したものとして、むしろ当然であつて、これをもつて、債務の不存在を知りながら勤勉手当を支給したとする被告らの抗弁は失当である。

第三証拠 <略>

理由

一  書証の成立について <略>

二  当事者間に争いがない事実

被告らが、昭和四八年三月二九日及び三〇日当時北海道開発局の職員として別紙被告目録一ないし二一〇の各冒頭に記載された勤務場所に勤務する国家公務員であつたこと、被告らが、本件勤務を欠いた期間それぞれ勤務を欠いたこと、原告が昭和四八年三月一六日被告らに対し、同月一日から同月三一日までの給与を支払つたこと、被告らの右勤務を欠いた期間に対応する給与額がそれぞれ一覧表一ないし二一〇の各被告に対応する「三月分給与からの返納額」欄記載の金額のとおりであること、原告が昭和四八年六月一五日被告らに対し、昭和四七年一二月一日から昭和四八年五月三一日までの期間の勤勉手当を支給したこと、被告らのうち一覧表一ないし二一〇の「六月期勤勉手当からの返納額」欄に金額が記載されている被告らに対しては、事務手続上の理由から右被告らの本件勤務を欠いた期間を勤務したものとして勤勉手当を支給したこと、右被告らが右勤務を欠いた期間を勤務しなかつたものとして勤勉手当を算出すると、右被告らに対して支給されるべき昭和四七年一二月一日から昭和四八年五月三一日までの期間の勤勉手当は、右被告らに支給された金額から一覧表一ないし二一〇の右被告らに対応する「六月期勤勉手当からの返納額」欄記載の金額を控除した金額となること、全開発が労働条件の維持改善と社会的、経済的地位の向上を図ることを目的として北海道開発局に勤務する職員及び国公法第一〇八条の三第四項に規定された者で中央執行委員会が組合員として認めた者をもつて組織され、本部並びにその下部組織としての支部及び分会から構成されていること、本部には議決機関として大会及び中央委員会が、業務執行機関として中央執行委員会が設置され、支部は本局及び各部所に置かれ、その議決機関として大会及び支部委員会が、業務執行機関として支部執行委員会が設置され、分会は原則として各職場ごとに置かれ、その議決機関として大会が、業務執行機関として分会執行委員会が設置されていること、被告らは、いずれも昭和四八年三月二九日及び三〇日当時全開発の組合員であつたこと、原告主張の七名の被告を除くその余の被告らは、本件勤務を欠いた期間について、それぞれ各職場の所属長に対し本件年次休暇の申請をしたこと並びに原告が被告らに対し、昭和四八年七月二〇日付納入告知書をもつて同年八月八日までに一覧表一ないし二一〇の「計」欄記載の金員、一覧表一ないし二一〇に「計」欄の記載のない被告らについては「三月分給与からの返納額」欄記載の金員を返納するよう催告し、右催告書が別紙遅延損害金起算日目録の各A欄に記載された被告らに対して各B欄記載の年月日の前日までに到達したことは当事者間に争いがない。

三  請求の原因5について判断する。

1  一斉休暇闘争と賃金請求権

労働者がその所属の事業場において、その業務の正常な運営の阻害を目的として、全員一斉に休暇届を提出して職場を放棄・離脱する形態のいわゆる一斉休暇闘争は、休暇届の提出後に使用者の時季変更権の行使(労基法第三九条第三項)がなされた場合においても、闘争参加者はこれを全く無視し、休暇届の提出をもつて当然に休暇を取得したとしてその期間一方的に職場を放棄・離脱するものであるから、休暇の請求及びその行使という形式をとつてはいても、その実質は同盟罷業と何ら異なるものはない。したがつて休暇届の提出という形式の如何にかかわらず本来の年次有給休暇権の行使ではないから、一斉休暇の名の下に同盟罷業に入つた労働者の全部について賃金請求権は発生しないものと解すべきである(最高裁昭和四八年三月二日判決・民集二七巻二号二一〇頁参照)。この理は一般職非現業の国家公務員の場合であつても同様であつて、一斉休暇闘争に参加する目的で形式上年次休暇の申請をしたとしても、それは本来の年次休暇の申請ではあり得ず、人事院規則一五―六に基づく所属機関の長による承認、不承認を問題とするまでもなく、すでに不適法なものというべきである。そして、いわゆる一斉休暇闘争の実質が同盟罷業であることに着目すれば、右にいう「全員一斉に」とは、「休暇闘争に参加する者全員が一斉に」という意味に理解すべきものである。

被告らは、一斉休暇闘争の目的で年次休暇の請求及びその行使がなされたか否かをもつて年次休暇の成否を論ずることは年次有給休暇自由利用の原則に反する旨主張する(被告の主張1)が、前示のとおり一斉休暇闘争の場合には、その実質は同盟罷業にほかならず、年次休暇の請求及びその行使という形式にかかわらず右は本来の年次休暇の請求及びその行使の場合とみることはできないのであるから、年次休暇自由利用の原則が妥当する場合とは全く次元を異にするものである。よつて、被告らの右主張は採用できない。

そこで、以下において本件一斉休暇闘争の存否及び被告らが本件一斉休暇闘争に参加したものであるか否かを検討することとする。

2  本件一斉休暇闘争の経緯

<証拠略>を総合すれば次の事実が認められる。

(一)  北海道開発局は、昭和四八年ころ行政改革による現場機構の効率化を図るため各開発建設部の下部組織である事業所、出張所等を統合する計画(北海道開発局の内部においてはこのようにして統合される事務所を統合事務所と呼称していた。以下においてはこの名称をそのまま用いる。)を推進していたところ、全開発は、統合事務所計画を、地域に対する行政効果、職員の処遇改善等に背を向け、政府からの押しつけに追随した機構改悪であるとし、統合事務所発足阻止闘争を反合理化の闘いとして位置づけ、これに取り組むべく、昭和四八年のいわゆる春闘と結合させ、まず全開発独自の闘争として同年三月中にストライキ以外の戦術で統合事務所発足阻止闘争を展開し、この力を結集して同年四月のストライキ闘争に突入する方針を立て、この方針は同年二月二三日及び二四日の二日間にわたり開催された全開発第四七回中央委員会において討議された。その結果、右闘争方針は支持され、全開発としては統合事務所計画に対しては絶対反対の態度をとること及び同年三月中の反対闘争としては半日五割の休暇闘争を行うこと、そして右休暇闘争の具体的な戦術については同年三月一三日に開催される支部代表者会議に付託することを決定し、更に右決定を受けて支部代表者会議においては、三月期の統合事務所発足阻止闘争の最大のものとして、同年三月二九日及び三〇日の二日間にわたり各午前半日の一斉休暇闘争(在庁職員の半数ずつが一斉に年次休暇の申請をして勤務につかない形態の闘争をいう。)を行うこと(これが本件一斉休暇闘争である。)、右両日に本件一斉休暇闘争に参加しない者も午前九時から一〇時までの一時間業務研修闘争(本来なすべき業務を行わないで関係法令、通達類の研修を行うといつた形態の闘争をいう。)を行うことを決定し、この決定に基づき全開発本部は、同年三月一四日闘争指令を発した。全開発の各支部及び分会は、右闘争指令を受けて、支部及び分会執行委員会、分会代表者会議等を開催し、本件一斉休暇闘争の具体的なやり方について討議、決定する一方、全開発の機関紙やビラの配布、支部及び分会役員の組合員に対する説明、説得等を通じて各組合員に対し、本件一斉休暇闘争について周知徹底を図つた。

(二)  北海道開発局は、全開発との統合事務所計画についての交渉を通じ、あるいは全開発発行の機関紙、ビラ等を通じて本件一斉休暇闘争が計画されていることを知り、全開発との交渉の窓口業務、職員の服務関係業務等を所掌していた考査官室をして、本件一斉休暇闘争に対する対策の立案、各部局の指導、闘争状況の取りまとめ等を担当させることにした。そして、考査官室の指導の下に本件一斉休暇闘争に対する対策として、各開発建設部長が昭和四八年三月二八日付で対応する全開発の各支部執行委員長に対し、本件一斉休暇闘争の計画を直ちに中止するよう、もし実施した場合には参加者全員に対し法令の定めにしたがい断固たる措置をとる旨記載した警告書を発するとともに、全開発本部中央執行委員長に対し、本件一斉休暇闘争の計画は誠に遺憾でありこれらの計画をすみやかに中止するよう切に要望する旨を記載した北海道開発局長名義の同日付要望書を手交した。そして一般職員に対しては、北海道開発局長及び各開発建設部長名義で、本件一斉休暇闘争、業務研修闘争は違法であるから職員には自覚ある行動を望む、もしこれらの闘争に参加した場合にはしかるべき処置をとらざるをえない旨記載した書面が各職場に掲示され、更に所属機関の課長、所長等から口頭で、本件一斉休暇闘争の計画があるのでこれに参加するための年次休暇の申請は認められない、事情があつて年次休暇の申請をする者はこれを必要とする事情を具体的に申出るように、との注意がなされた。

(三)  更に考査官室は、各開発建設部の事務長を通じ下部機関の長に対し、本件一斉休暇闘争の行われる日である同年三月二九日及び三〇日について職員から年次休暇の申請があつた場合に年次休暇の申請をいかなる基準で承認するかについて大綱的な基準を示し、各職員の所属長は右基準にしたがつて承認、不承認の判断をすること及び不承認とする場合の事務処理方法を通知、指導するとともに、闘争実行後の処分問題等にも対処するため、右両日についての年次休暇申請の態様、申請人員、右両日の各職員の出勤状況等の実態を把握しこれを記録しておくように指示した。右考査官室が通知、指導した基準によれば、各職員の所属機関の長は、年次休暇申請の理由を職員から聴取し、その理由が具体的なもので、かつ年次休暇申請の態様等諸般の事情を考慮しても本件一斉休暇闘争に参加するものではないと認められるときは休暇を承認し、他方申請の理由が私事の都合あるいは家事の都合といつたもので具体的な理由の申出がない場合及び具体的な理由の申出があつても申請の態様、すなわち申請者が個別に申請をしたか否か、全開発の役員の付添いがあつたか否か等の事情を考慮した結果本件一斉休暇闘争に参加するものと判断される場合には不承認とするというものであり、なお、不承認とする場合には、申請者本人に対し口頭で不承認にする旨を告知し、休暇等処理簿にその旨を付記するものとされた。

(四)  各開発建設部における同年三月二九日及び三〇日の各午前についての年次休暇申請の状況は概要次のとおりであつた。

(1) 札幌開発建設部庶務課においては、同年三月二七日中に約二二名の申請があり、翌二八日午前中は四、五名程度であつたのに、同日午後三時ころから午後五時ころにかけて三〇ないし四〇名の申請がなされた。特に車庫関係については、三、四名から一〇数名が集団で申請を行なつた。翌二九日も午後三時ころから前日と同様多数の者が集団で申請を行ない、庶務課全体としては全職員約一七〇名(このうち全開発組合員は一六〇名程度であつた。)のうち、二日間半数交代で延一二〇名程度の者が申請を行なつた。庶務課においては、これまでに一日で全職員の一割以上が年次休暇の申請をしたような事態は生じていなかつた。そして当時の村元庶務課長補佐が申請者約一二〇名から申請の理由を聴取したところ、具体的かつ詳細に理由を申出る者もあつたが、私事都合であるとか組合から言われているとか返答する者、あるいは全く具体的理由を申出ない者も多数いる状況であつた。

同開発建設部沼田農業開発事務所においては、三月二八日に申請をした者に対し同事務所長が申請の理由を問い質したところ、明確に理由を申出る者は一人もいなかつた。

同開発建設部札幌地域農業開発事業所においては、三月二九日分について年次休暇の申請をした者はいなかつたが、三月三〇日分については全開発が割当指示を行なつた模様で、事業所内でくじ引きをして五名の職員が申請を行なうという状況であつた。

(2) 小樽開発建設部調査課においては、三月二九日分について休暇等処理簿に申請の理由を家事都合のためとのみ記載し、具体的理由を申出ない者が一二名、具体的理由を申出た者は四名という状況であつた。

同開発建設部小樽出張所においては、三月二九日分について休暇等処理簿によらず、三二名の連名による申請書を分会長が提出し、申請の理由も家事都合のためとされていた。

同開発建設部岩内、倶知安及び黒松内各出張所においては、三月二九日分について所属長が申請者に具体的理由を問い質したが家事都合のためとのみ返答する者あるいは無言で返答しない者がそれぞれ一七名、二三名、一八名いる状況であつた。

(3) 函館開発建設部庶務課においては、三月二九日分について申請の具体的理由を申出た者が五名、具体的理由を申出なかつた者が一八名という状況であつた。

同開発建設部農業開発課においては、三月二九日分について申請の具体的理由を申出た者は二名、私事都合とのみ申出た者が三名という状況であつた。

同開発建設部函館道路事務所本部、瀬棚道路改良事業所及び福島道路改良事業所本部においては、三月二九日分について各分会長が一括して申請を行ない、具体的理由の申出も各一名を除いては全くなされなかつた。

同開発建設部落部道路改良事業所においては、三月二九日分について申請の具体的理由を申出ない者が二名という状況であつた。

同開発建設部戸井道路改良事業所においては、三月二九日分について申請の具体的理由を申出ない者が一名という状況であつた。

同開発建設部江差港修築事業所は、当時在籍職員が三八名であつたところ、同分会書記長被告田畑隆喜が三月二八日午前中に三月二九日分一九名、三月三〇日分一五名の計三四名分の年次休暇申請を休暇等処理簿によらず、年次有給休暇届なる書面により一括して提出した。休暇等処理簿によつて年次休暇を申請した職員は三月三〇日分について申請した二名だけであつた。

同開発建設部松前港修築事業所においては、三月二九日分について具体的な申請理由を申出ない者が一名という状況であつた。

同開発建設部渡島南部農業開発事務所においては、三月二九日分について申請の具体的理由を申出た者二名、具体的理由を申出なかつた者五名という状況であつた。

同開発建設部北檜山かんがい排水事務所においては、三月二九日分について申請の具体的理由を申出た者二名、具体的理由を申出なかつた者四名という状況であつた。

(4) 室蘭開発建設部日高出張所においては、全開発組合員が二〇名程度いたが、三月二八日には組合員全員が各半数ずつ三月二九日分及び三〇日分について年次休暇の申請を行ない、かつ全員が申請の具体的理由を申出なかつた。

同開発建設部鵡川改修事業所においては、三月二九日分について私事都合との理由で申請を行ない具体的理由を申出ない者が四名という状況であつた。

(5) 旭川開発建設部経理課においては、三月二九日分及び三〇日分について家事都合ないし一身上の都合という理由で申請し具体的な理由を申出ない者が各一二名、同月二九日分について具体的な理由の申出を行なつた者が二名という状況であつた。

同開発建設部契約課においては、三月二八日午後三時三〇分ころ各九名が同月二九日分及び三〇日分の申請をした。申請の理由はいずれも家事都合ないし一身上の都合とされ具体的な理由の申出はなされなかつた。

同開発建設部用地課においては、三月二九日分について家事都合の理由で申請をした者のうち具体的理由を申出ない者及び説明があいまいな者が七名いる状況であつた。

同開発建設部美深出張所においては、三月二九日分について同月二八日午後四時ころから午後四時四〇分ころまでの間に一九名の申請があり、申請の理由は私事都合とのみ記載され具体的な理由の申出もなく、闘争参加の有無についても返答しない者ばかりであつた。また三月三〇日分については同月二九日午後四時二〇分ころから四〇分ころまでの間に一二名の申請があつたが、申請の理由及び態様は前日と同様であつた。

同開発建設部冨良野出張所においては、同月二八日午後三時四〇分ころから三月二九日分について私事都合を理由にして二四名の申請がなされたが、申請の具体的理由を申出る者はいなかつた。

(6) 留萌開発建設部天塩川幌延治水事業所においては、三月二九日分について同月二八日午後三時三〇分以降二回にわけて計七名が申請したが、申請の具体的な理由を問われても返答する者は一人もいなかつた。

同開発建設部留萌港建設事務所においては、当時在籍職員が約一〇〇名でそのほとんどは全開発の組合員であつたところ、三月二九日分及び三〇日分について各前日に各約四〇名程度が申請をした。申請の理由は私事都合ないし家事都合とする者が多く、一部の者を除いては申請の具体的理由を申出なかつた。そして申請の態様としては、一〇名程度の職員がまとまつて休暇等処理簿に記入してゆき、更にこれと入れかわりに同数程度の職員がまとまつて申請をするという状態であつた。そして同分会執行委員長や分会役員が職員に対し記入方法等の指導をしたり、当局と申請者との対応状況を見守つていた。他方、これらの集団とは別に個別的に申請を行ない、申請の具体的理由を申出る者も数名いた。

(7) 網走開発建設部興部出張所においては、三月二九日分について申請の理由を個別的に申出ない者が四名、個別的に申出るも具体性に欠けた理由を申出た者が一九名、申請の具体的理由を申出た者が四名という状況であつた。

(8) 石狩川開発建設部庶務課においては、三月二九日分及び三〇日分について申請の具体的理由を申出た者がそれぞれ一名、二名、家事都合のみを理由とし申請の具体的理由を申出ない者がそれぞれ一六名、一七名であつた。

同開発建設部経理課においては、三月二九日分及び三〇日分について申請の具体的理由を申出た者が各一名、家事都合のみを理由とし個別的に理由の申出をしない者が各九名であつた。

同開発建設部契約課においては、三月二九日分及び三〇日分について申請の具体的理由を申出た者がそれぞれ三名、一名、家事都合のみを理由とし個別的な理由の申出をしない者が各六名であつた。

同開発建設部用地課においては、三月二九日分及び三〇日分について申請の具体的理由を申出た者がそれぞれ一名、二名、家事都合のみを理由とし個別的な理由の申出をしない者がそれぞれ一一名、一二名であつた。

同開発建設部管理課においては、三月二九日分及び三〇日分について申請の具体的理由を申出た者がそれぞれ二名、一名、家事都合のみを理由とし個別的な理由の申出をしない者がそれぞれ一一名、一五名であつた。

同開発建設部工務第三課においては、三月二九日分について申請の具体的理由を申出た者が一名、家事都合のみを理由とし具体的な理由の申出をしない者が一名であつた。

同開発建設部奈井江事業所においては、三月三〇日分について申請の具体的理由を申出た者が一名、家事都合のみを理由とし具体的な理由を申出ることを拒否した者が七名であつた。

同開発建設部江別事業所においては、三月三〇日分について申請の具体的理由を申出た者が四名、家事都合のみを理由としこれに加えて休暇闘争に参加する旨申出た者が八名であつた。

同開発建設部漁川ダム調査事務所においては、三月三〇日分について申請の理由を個別具体的に申出た者が七名、家事都合ないし一身上の都合のみを理由とし個別的な理由の申出をしない者が六名であつた。

同開発建設部金山ダム管理所においては、同分会役員が三月二九日分及び三〇日分について各六名分を一括申請し、申請の理由も家事都合ないし一身上の都合のみを理由としており個別的な理由の申出はなされなかつた。

同開発建設部桂沢ダム管理所においては、三月二九日分及び三〇日分についてそれぞれ八名、七名が家事都合を理由とし申請をしたが申請の理由を個別的に申出る者はいなかつた。

(五)  かくして、昭和四八年三月二九日及び三〇日の両日に勤務すべき北海道開発局の職員各約九〇〇〇名のうち四割を超える各約三七〇〇名が右両日の各午前について年次休暇の申請をするに至り、右申請をした職員のうちそれぞれ一六〇〇ないし一七〇〇名が各所属長から年次休暇の承認を受けたものの、残りの二〇〇〇ないし二一〇〇名の職員は(四)で説示したような申請態様であつたため、考査官室の示した大綱的基準に照らし不承認とされ、更に不承認とされた職員のうち一六〇〇ないし一七〇〇名、右両日で計三二〇〇ないし三四〇〇名の職員はそのまま右両日の各午前に欠勤したのである。これまで北海道開発局においては、通常の場合年次休暇申請者数は一日で全職員数の一割を超えることはなかつたのであつて、これによれば一日で約三七〇〇名もの職員が年次休暇の申請をするという事態は極めて異常なものであつた。

(六)  その後全開発は、同年五月一〇日付の機関紙に春闘の中間総括を発表し、その中で同年三月二九日及び三〇日の両日における各半日五割の休暇闘争及び一時間の業務研修闘争を実施し、この戦術は全道的にみた場合一応総体的には成功したと述べた。

以上のとおり認められ、右認定を左右する証拠はない。右事実によれば、本件一斉休暇闘争が全開発本部、各支部及び各分会の発行する機関紙、ビラ、各役員の指導、説得等を通じて各組合員に周知徹底され、組織的に実行され、三二〇〇ないし三四〇〇名の組合員が本件一斉休暇闘争に参加し、そのいわゆる統合事務所発足阻止闘争が貫徹されたことは明らかである。

3  被告一―五四、三一―三、五八―二一、一六六―一七、一八四―一及び二並びに一八七―三の七名を除くその余の被告ら(以下この項において単に「被告ら」という。)の本件一斉休暇闘争への参加について

(一)  被告らは、前示のとおり本件一斉休暇闘争の行なわれた昭和四八年三月二九日及び三〇日当時いずれも全開発の組合員であり、本件勤務を欠いた期間について各勤務場所の所属長に対し本件年次休暇の申請をして勤務を欠いたことは当事者間に争いがないところ、<証拠略>によれば以下の事実が認められ、この認定を左右する証拠はない。

(1) 考査官室は、前示のとおり各開発建設部の事務長を通じ各下部機関の長に対し、本件一斉休暇闘争の行なわれた昭和四八年三月二九日及び三〇日についての年次休暇申請の態様、申請人員及び右両日の職員の出勤状況等の実態を把握しこれを記録しておくように指示していたが、同年五月及び六月の二回にわたり北海道開発局の全部局に対し、本件一斉休暇闘争の状況を報告するよう求めた。同年五月に求めた報告は、本件一斉休暇闘争の全体的状況及び賃金カツトに関する資料収集のため、各部局の右両日についての年次休暇の申請状況、申請者数、そして各職員の右両日についての出勤状況を報告させたもので、更にこれとともに全開発が同年四月二七日に行なつたストライキ闘争に関するものの報告も求められた。同年六月に求めた報告は、右一回目の報告で内容的に不充分な部分を補足させるとともに全開発の動向、懲戒処分に関連する事項及び同年四月二七日に行なわれたストライキ闘争に関する事項を内容とするものであつた。右報告は、考査官室で様式を定めた書面によりなされ、同年三月二九日分及び三〇日分について各課又は所ごとに、年次休暇の申請を承認した場合は承認した具体的事由と承認者数、不承認とした場合は不承認とした具体的事由と不承認者数を並列的に記載し、更に各職員ごとに右両日の出勤状況及び休暇等の処理状況を具体的に記載するものとされた。そして、この報告書は、各課又は所の長が前示記録に基づき整理したものを各部局に提出し、各部局がこれを更に集約整理してまとめ、各部局の長が作成して北海道開発局本局に提出した。

(2) 考査官室では、報告を受ける際にヒアリングと称して、考査官室からは考査官、考査官補佐、担当係長が出席し、各部局からは事務長もしくは庶務課長並びに労務関係の課長補佐ないし係長が出席し、報告書に基づき各部局の状況を考査官らが各部局側から説明を受けた。北海道開発局本局は、二度にわたる報告に基づき本件一斉休暇闘争に参加した職員を認定するための全体的方針を策定し、これにより参加者の具体的認定を各部局にさせることにした。

(3) 北海道開発局本局(考査官室)の出した全体的方針によれば、前示のとおり各職員に対しては、北海道開発局長及び各開発建設部長名義の一斉休暇闘争に参加しないようにとの趣旨が記載された書面による注意が各職場に掲示され、更に各職員の所属機関の長等から口頭で本件一斉休暇闘争に参加するための年次休暇の申請は認められない、申請をする場合にはその理由を具体的に申出るようにとの事前注意がなされていたことから、申請の理由が家事都合ないし私事都合といつたもので具体的でないか、あるいは申請の態様(個別申請か一括申請か、役員の付添いがあつたか否か等の事情)から本件一斉休暇闘争に参加するものと判断されて不承認とされ、かつ、その旨が事前に申請者本人に伝達され休暇等処理簿にも付記されている者を参加者と判断するものとされた。

(4) 各部局では、右の方針にしたがつて本件一斉休暇闘争に参加した者を具体的に認定する作業を行なつたが、一部の課又は所においては、前示の考査官室の示した年次休暇承認の大綱的基準によれば本件一斉休暇闘争に参加するものとして申請を不承認とすべきであつたのにこれを承認してしまつたり、本件一斉休暇闘争に参加するのか否かを判断できないために承認、不承認の判断を留保してしまつたり、条件付で承認したり、不承認にした場合でもその旨を申請者に明確に伝達しなかつたりした事実が判明したため、これらの事案については考査官室の指導により最終的には年次休暇を承認したという取扱いがとられた。このような各部局の具体的な認定作業を経て、原告は被告らを本件一斉休暇闘争に参加したものと判断したものである。

(二)  そこで以上の事実をもとにして被告らが本件一斉休暇闘争に参加したものであるか否かについて検討するに、前示のとおり、いわゆる一斉休暇闘争は、その実質において同盟罷業にあたると解すべきところ、年次休暇の申請者が一斉休暇闘争に参加したか否かは、年次休暇申請の際に申請者が当該申請に係る日時が休暇闘争日であることを認識しながら休暇闘争に参加することを認容したうえで申請を行ない、当該日時に欠勤したか否かによつて決すべきであり、そして申請者が休暇闘争に参加することを認容したことは、休暇闘争に至る経緯、組合の組合員に対する休暇闘争方針の宣伝、指導状況、組合員全体の休暇闘争に対する参加状況、申請者の組合における地位、休暇闘争で果たした役割、申請者の申請行為の態様(申請書の記載内容、申請の方式、組合役員の関与の有無等の事情)、当局の調査に対する申請者の対応状況等の事情を総合して外形的客観的に判断すべきである。このように申請者の認容の意図を外形的客観的に判断すべきことは、一斉休暇闘争がこれに参加する個人に着目すれば年次休暇の申請及びその行使という形式をとつているため、本来の年次休暇の申請及びその行使の場合と判別し難い面を有することによるものである。なお、一般に年次休暇が有効に成立した場合には、休暇をどのように利用するかは労働者の自由であるから、当局が年次休暇の申請者に対し、休暇の使途を質問し、その返答如何によつて該申請者を不利益に取扱うことは許容されるべきではないと考えられるが、これはあくまでも適法な年次休暇の申請がなされた場合のことであつて、本件のごとく申請に係る日時に一斉休暇闘争が予定され、その手段として形式的には年次休暇の申請が大量になされているという異常事態においては、当局において具体的な申請が適法な申請か否かを区別するため、申請者にその申請の趣旨を質問し、その対応をもつて一斉休暇闘争参加目的の有無を判断するための一資料とすることは許されるものというべきである。

このような見地にたつて被告らが本件一斉休暇闘争に参加することを認容していたか否かを検討するに、前示のとおり本件一斉休暇闘争は、現場機構の効率化を目的とした統合事務所計画に反対するため全開発の最高議決機関である中央委員会においてその実施が決定され、闘争指令の発せられた昭和四八年三月一四日から全開発本部、各支部及び各分会が発行する機関紙、ビラ、役員による説得・指導を通じて全組合員に対してその周知徹底がはかられたこと、本件一斉休暇闘争の計画があることを知つた北海道開発局当局は、北海道開発局長、各開発建設部長、課や所など各下部機関の長が全職員に対して本件一斉休暇闘争に参加しないように呼びかけ、更に各職員の所属長は、本件一斉休暇闘争の実施される両日について年次休暇を申請する職員はこれを必要とする具体的な理由を申出るよう事前に注意をしていたことが認められるのであつて、これらの事実によれば、昭和四八年三月二九日及び三〇日の各午前中に本件一斉休暇闘争が行なわれることはほとんど全ての組合員に認識されていたものと認めるのが相当である。そして右両日に係る年次休暇の申請状況についても、前示のとおり被告らの所属していた各課又は所の中には、短時間のうちに多数の者が集団で申請をなした課所、組合役員による多数名の申請がなされ、あるいは組合役員の付添いがあつた課所、右両日の申請者数がほぼ同数であつてなんらかの割当がなされたとしか考えられない課所、休暇等処理簿によらないで申請のなされた課所がみられ、更に事前に当局から注意をされていたにもかかわらず、申請の理由を家事都合、私事都合あるいは一身上の都合とのみ申出、具体的な理由の申出をしない申請が多数にのぼり、北海道開発局全体における右両日についての年次休暇の申請者数も通常の場合の申請者をはるかに超え(一日で全職員の約四一パーセントが申請した。)、不承認とされた者の約八〇パーセントはそのまま欠勤しているのである。そして、これらの事実に加えて原告が被告らを本件一斉休暇闘争に参加したものと判断した過程は前示のとおりであつて、各部局は、北海道開発局本局の策定した全体的な方針にしたがい、各下部機関の長から提出された報告をもとに、年次休暇申請の理由が家事都合ないし私事都合といつたもので具体性を欠き、あるいは申請の態様等から本件一斉休暇闘争に参加するものと判断されたため各申請者の所属長から申請を不承認とされ、その旨が事前に申請者本人に明確に伝達されていた者らを選別し、これらの者が本訴の被告らとなつていることからすれば、右被告らは、各所属長から本件年次休暇の申請を不承認とされ、その旨を伝達されていたにもかかわらず、これを無視して欠勤したことに帰するのであつて、他に特段の反証がない限り、右被告らは、本件一斉休暇闘争が実行されることを認識しながら全開発の方針にしたがい、本件一斉休暇闘争に参加することを認容して本件年次休暇の申請をしたものと推認するのが相当である。

(三)  被告らは、特に四名の被告らについて一斉休暇闘争に参加する趣旨で年次休暇を申請したものではないと主張するので、以下これを個別的に検討する。

(1) 被告吉田守春(被告一―二七)について

被告吉田守春が所属していた札幌開発建設部庶務課における本件一斉休暇闘争の実行された日時に係る年次休暇の申請状況は前示三、2、(四)、(1)のとおりであり、<証拠略>によれば、同被告は昭和四八年三月二六日車庫指令室の事務担当者を通じて三月三〇日全一日について年次休暇の申請をし、事務担当者が同被告の休暇等処理簿の申請月日欄に「3・26」と、期間欄に「3・26、8時30分~17時00分」と、単位欄に「日」と、休暇等の種別の年次欄に「」と、理由欄に「私事の都合に依り年休願います」と、それぞれ通常の記載例にしたがつて記入したこと、同被告がこのような申請をしたのは、同被告の実兄である吉田隆義が同年一月三〇日ころから六月ころまで札幌厚生病院に入院し姪が付添いをしていたところ、三月二五日にその姪から、三月三〇日に担当医師が病状の説明をしてくれるので一緒に説明を聞いてほしいと頼まれ、同病院に行くためであつたこと、ところが三月二九日になつて村元邁庶務課長補佐から三回程申請の理由を尋ねられたので、右の事情を説明したことが認められ、証人村元邁の証言中、この認定に反する部分は右の各証拠のほか甲第三五号証の三ないし六の記載に対比し、採用できない。右事実によれば、同被告は大多数の年次休暇の申請とは異なる態様、すなわち三月二六日という早い時期に三月三〇日全一日の年次休暇の申請をし、しかも申請の具体的理由を申出ていたのであるから、同被告が本件一斉休暇闘争に参加することを認容して年次休暇の申請をしたと認めるには足りないものといわざるをえず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。

(2) 被告山内義雄(被告一―五八)について

被告山内義雄の所属していた札幌開発建設部庶務課における本件一斉休暇闘争の実行された日に係る年次休暇の申請状況は前示三、2、(四)、(1)のとおりであり、<証拠略>によれば、同被告も被告吉田守春と同様昭和四八年三月二六日車庫指令室の事務担当者を通じて三月三〇日全一日について年次休暇の申請をし、事務担当者が同被告の休暇等処理簿に被告吉田の場合と全く同じように必要事項を記入したこと、被告山内がこのような申請をしたのは、三月三〇日に歌志内市で同被告の妻の弟高橋宏司の結納の儀が行なわれることになつており、同被告夫婦が親代わりとしてこれに出席するためであつて、申請後三月二九日になつて村元邁課長補佐から数回申請の理由を質問されたので、右の事情を申告し、村元課長補佐から更に質問されたものの最後には「はい、わかりました」と言われたので、申請が承認されたと思い、三月三〇日には歌志内市に行き、結納の儀をとり行なつたことが認められ、証人村元邁の証言中、右認定に反する部分は右の各証拠のほか、甲第三五号証の三ないし六の記載に照らし、採用できない。右の事実によれば、同被告も被告吉田と同様、大多数の年次休暇の申請とは異なる態様で年次休暇の申請をなし、かつ、申請の理由も具体的に申出たものであるから、同被告が本件一斉休暇闘争に参加することを認容して年次休暇の申請をしたと認めるに足りず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。

(3) 被告田畑隆喜(被告四四―二九)について

被告田畑隆喜の所属していた函館開発建設部江差港修築事業所における本件一斉休暇闘争の実行された日時に係る年次休暇の申請状況は三、2、(四)、(3)に説示したとおりであるところ、更に<証拠略>によれば、同被告の実父は低血圧と老衰のため以前から北海道立江差病院に入院していたが、三月二八日の午後から一泊の帰宅を認められたため、同被告は、翌三月二九日に実父を再び病院に連れて行くため、三月二八日午前中に三月二九日の午前中について「父(病院)へ付添いのため」との理由で年次休暇の申請をなしたこと、しかしながら右申請は休暇等処理簿によらず年次有給休暇届と題する書面(乙第三号証)によつてなされ、しかも他の職員の年次休暇の申請(これらも乙第三号証と同じ体裁の書面によりなされた。)をも一括して分会書記長である同被告が提出したものであつて、このことから高沢勇事務副長は、同被告が本件一斉休暇闘争に参加するものと判断し、右申請を不承認としその旨を三月二八日午後一時五〇分に同被告に伝達したこと、それにもかかわらず同被告は、闘争であろうとなんであろうと病院へ行くので休むと言つて三月三〇日午前中に欠勤し実父を病院へ連れて行つたこと及び同被告は、本件一斉休暇闘争について分会内部で申請理由の書き方等について意思統一をはかるための話会いが行なわれた際、分会書記長としてこれに出席したこと並びに三月二九日午前中に欠勤したのは、実父を病院へ連れて行くこともさることながら組合役員として本件一斉休暇闘争に参加するためでもあつたことが認められる。

以上の事実によれば、同被告は、分会書記長として本件一斉休暇闘争の実施に関与し、組合役員として他の職員の年次休暇の申請をも取りまとめ、休暇等処理簿によらないで一括して年次休暇の申請をし、自らも組合役員として本件一斉休暇闘争に参加する意思を有していたと認められるから、右年次休暇の申請は本件一斉休暇闘争に参加することを認容してした違法のものであると認めるのが相当である。同被告が、実父を病院へ連れて行く目的をも有していたことは右の結論に何らの影響を及ぼさない。

なお、同被告は、年次有給休暇届と題する書面(乙第三号証と同じ体裁のもの)は当局が作成した書面であつて、同被告が年次休暇の申請をしようとした際には休暇等処理簿が引上げられており、当局の指示によつて乙第三号証の書面により申請したものである、年次休暇の申請は各職員が個別にやつている旨供述し、被告金盛嘉美も、乙第三号証と同じ体裁の年次有給休暇届なる書面は、昭和三六年ころ当時の金曽副長が作成したもので以後昭和四八年五月ないし六月ころまで現場詰所の職員が年次休暇の申請をする際に使用していた旨の供述をするが、仮に被告金盛の供述のとおりであつたとしても、同被告本人尋問の結果によると、同被告は現場詰所に所属する職員ではないから、乙第三号証のような書面を使用する必要はないし、<証拠略>によれば北海道開発局の職員が年次休暇を申請する場合には所定の様式による休暇等処理簿によつて申請しなければならないとされているのであるから、休暇等処理簿が引上げられてしまう事態が生じることは考えられないこと等の事情によれば被告田畑の右供述は採用できない。そして他に前示認定を覆すに足りる証拠はない。

(4) 被告鈴木義信(被告一〇一―三)について

被告鈴木義雄(編注・鈴木義信の誤記か)が当時所属していた留萌開発建設部留萌港建設事務所における本件一斉休暇闘争の実行された日時に係る年次休暇の申請状況は三、2、(四)、(6)に説示したとおりであるが、更に、<証拠略>によれば、同被告は、当時小学校四年生の息子が夜尿症であつたため、かねてから案じていたところ、人伝てに滝川市の神部病院がよいとの話を聞き、息子を同病院で診察させるべく同病院と連絡をとつた結果、三月二九日午前中に来てほしいとの指示を受けたので、三月二八日午前八時三〇分ころ出勤すると同時に同事務所守衛室備付の休暇等処理簿により三月二九日の午前半日について「滝川市の病院行、子供連れて」との理由で年次休暇の申請をし、二九日は朝早く留萌市を出発し午前九時ころには神部病院で受付を済ませ、診療を受けさせた後、昼ころには留萌市に戻つてきたこと、その後同年四月三日、一〇日及び一八日の各午後半日についても同様の理由で年次休暇の申請をし、承認を受けて息子を神部病院に連れて行つていること、同被告は三月二八日に申請を出す時点で三月二九日午前中に本件一斉休暇闘争があることを知つていたが、息子を病院に連れて行くために申請したので承認されると思つていたこと及び休暇等処理簿には昭和四八年三月二八日午後二時一〇分に申請を不承認としてその旨を同被告に伝達した趣旨の記載があるものの、同被告は直接不承認の伝達を受けてはいないことが認められる。右認定に反する甲第三八号証の記載(当時同事務所の勤務時間管理員であり同時に事務副長並びに庶務係長の地位にあつた奥山俊一の供述を録取した書面)は右の各証拠と対比しにわかに採用できない。右の事実によれば、同被告は年次休暇の申請にあたり具体的な理由を申告しているのであつて、本件一斉休暇闘争に参加する意思で右申請をしたものとは認めるに足りないといわざるを得ず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。

以上のとおりであつて、被告吉田守春、同山内義雄及び同鈴木義信の三名については、本件一斉休暇闘争に参加することを認容して年次休暇の申請をしたものとは認められず、したがつて右闘争に参加したとも認められない。ところで原告の本訴請求は、被告らが一斉休暇闘争に参加し、よつて勤務を欠いたにもかかわらず支給した賃金等を不当利得として、その返還を求めるものであるから、右三名の被告らについては、その余の点を判断するまでもなく、原告の請求は理由がないことに帰する。

(四)  前項の四名以外の被告らについては、年次休暇の申請に際し本件一斉休暇闘争に参加する意思を有しなかつたことを窺わせる特段の反証もない。してみると、被告吉田守春、被告山内義雄及び同鈴木義信を除くその余の被告らの本件年次休暇の申請は、本来の年次休暇の申請とはいえず、前示(二)に説示したところにより、右被告らは本件一斉休暇闘争に参加したものというべく、本件勤務を欠いた期間について賃金請求権及び勤勉手当請求権が発生するに由なく、右被告らは、一覧表一ないし二一〇の右被告らに対応する「三月分給与からの返納額」欄記載の金員及び右被告らのうち一覧表一ないし二一〇の右被告らに対応する「六月期勤勉手当からの返納額」欄に金額が記載されている被告らは右欄記載の金員を法律上の原因なく利得しているものというべきである。

なお、右被告らは、本件年次休暇の申請により本件勤務を欠いた期間について年次休暇が成立した旨主張し、その根拠として国公法附則第一六条、同法第一次改正法律附則第三条、人事院規則一五―六はいずれも憲法第二五条第一項、第二七条第二項に違反し無効であるから、右被告らには労基法第三九条が適用されること、仮に右違憲論が容れられないとしても、人事院規則一五―六第五項が規定する所属長の承認は年次休暇成立の効力要件ではないこと等をあげている(被告らの主張2)が、前示のとおり右被告らは本件一斉休暇闘争に参加したものと認めるのが相当であるところ、一斉休暇闘争の実質は同盟罷業にほかならないのであるから、右被告らの本件年次休暇の申請は本来の年次休暇の申請とはいえないのであつて、その意味では年次休暇の申請を全くしないで本件勤務を欠いた期間に欠勤した場合と同視すべく、したがつて、年次休暇の申請がなされたことを前提とする右被告らの主張は、その前提を欠くもので失当といわざるをえない。

更に、右被告らのうち一部の者は、各所属長から本件年次休暇の申請について事前に承認を受けた旨主張し、また所属長の承認が覊束裁量であるとして、承認があつたと同視すべきである旨主張する(被告らの主張3)が、右被告らのなした本件年次休暇の申請が本来の年次休暇の申請にあたらないことは既に説示したとおりであるから、これに対する承認の有無は問題になり得ないものというべく、右主張も失当といわざるを得ない。

4  被告一―五四、三一―三、五八―二一、一六六―一七、一八四―一及び二並びに一八七―三の本件一斉休暇闘争への参加について

右七名の被告らについても、本件勤務を欠いた期間につき勤務を欠いたことは前示のとおり当事者間に争いがないが、本件全証拠によるも、右被告らが年次休暇の申請をなしたか否かは不明である。

しかしながら、原告の本訴請求は、一斉休暇闘争に参加して勤務を欠いたにもかかわらず、支給してしまつた賃金等の返還を求めるものであるところ、年次休暇の申請をした被告らについては、前段説示のとおり、一斉休暇闘争に参加したか否かを右申請に際し一斉休暇闘争に参加することを認容していたか否かにより判断したものであり、仮に右七名の被告らが年次休暇の申請をしたのであれば、前段説示の場合と同様、右申請に際し本件一斉休暇闘争に参加する意思を有しなかつたことを窺わせる特段の反証のない限り、右申請は本来の年次休暇の申請とはいえず、前段(二)に示したところにより、右被告らは本件一斉休暇闘争に参加したものと認めるのが相当であり、右七名の被告らについてかかる特段の反証も存在しない。

また仮に、右七名の被告らが年次休暇の申請をしなかつたと仮定してみても、右七名の被告らが本件勤務を欠いた期間当時全開発の組合員であつたことは前示のとおり当事者間に争いがないことに加え、前示のとおり、本件一斉休暇闘争が全開発の指導の下に組織的に実行され、北海道開発局当局は全職員に対し本件一斉休暇闘争に参加しないよう呼びかけるとともに参加した場合の警告を発し、かつ、昭和四八年三月二九日及び同月三〇日の各午前中に本件一斉休暇闘争が行なわれることはほとんど全ての組合員に認識されていたものと認められる等の本件での諸事情に鑑みれば、申請もせずに勤務を欠いたことが一斉休暇闘争に参加する趣旨でないことの特段の反証ない限り、前段説示の被告吉田守春、同山内義雄及び同鈴木義信を除くその余の被告らとその行為を同一に評価すべきが相当であると考えられ、本件においては右のような反証のない以上、右七名の被告らにおいても、本件一斉休暇闘争が実行されることを認識しながら全開発の方針にしたがい、本件一斉休暇闘争に参加することを認容して本件勤務を欠いたものであり、もつて本件一斉休暇闘争に参加したものと認めるのが相当である。

よつて、右七名の被告らについては、いずれにしても前示三名を除くその余の被告らと同様、本件勤務を欠いた期間について賃金請求権及び勤勉手当請求権が発生するに由ないものである。

四  抗弁について判断するに、本件一斉休暇闘争が行なわれた日から六月期勤勉手当の支給日までは二か月余の時間があつたことが明らかであるが、前示三、3、(一)のとおり北海道開発局(考査官室)は、本件一斉休暇闘争に参加した職員の確定のため、昭和四八年五月になつて北海道開発局の全部局に対し、本件一斉休暇闘争の状況を報告するように求めたが、一部の部局からの報告内容が不充分であつたため、同年六月になつて更に追加の報告を求め、右二度の報告を通じて北海道開発局本局の全体的方針をまとめ、これにしたがつて各部局において闘争参加者の具体的認定がなされたものであるところ、<証拠略>によれば、右のように本件一斉休暇闘争に参加した職員の確定作業の終了が同年六月以降になつた理由は、一部部局の報告が不備であつたために追加報告を求めたことによる外、本件一斉休暇闘争の実行された日時に係る年次休暇の申請者数が北海道開発局全体で約七四〇〇名もの多数にのぼつたこと及び本件一斉休暇闘争の実行された後の同年四月二七日には全開発が結成以来初めての半日ストライキ闘争を行ない、全開発組合員の約九〇パーセント以上がこれに参加する事態が発生し、右ストライキ闘争関係の処理も重なつたことによるものであると認められるので、二か月余の時間的余裕があつたことをもつて、原告が勤勉手当を支給する債務がないことを知りながら支給したものと認めることはできず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。よつて、被告らの抗弁は理由がない。

五  以上の次第で、原告の被告ら(被告一―二七及び五八並びに同一〇一―三を除く。)に対する本訴請求は理由があるのでこれを認容するが、原告の被告一―二七及び五八並びに同一〇一―三に対する本訴請求は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九二条本文、第九三条一項本文を、仮執行の宣言につき同法第一九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 原健三郎 福島節男 下野恭裕)

別紙 <略>

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